理事会における理事長解任の可否(解説編) -最判平成29年12月18日-

当時は激しく興奮したせいか「すぐに詳細な解説ブログを書くんだ!」と固く決意したわけですが、人の興奮や決意なんて簡単に冷めて揺らぐもので、あれから2か月近くも経ってしまいました。
momoo-law.hatenadiary.jp

結論については既に多くのメディアで取り上げられていますし、私も、あちこちでコメントさせていただきました(自慢)。こんな感じです(多くは会員限定記事です。)。

www.nikkei.com

www.sankei.com

www.jutaku-s.com

www.tbsradio.jp

momoo-law.hatenadiary.jp

これらに目を通して(聞いて)いただいた方には伝わっていると思いますが、私はこの最高裁判決が他に及ぼす影響は「あまりない」と考えています。その結論は「当然」であるからです。
とはいえ、重要判例であることは確かである以上、ある程度詳しくご紹介しておく必要がありますので、頑張って解説を試みます。
「んなもん読むのが面倒だわ」という方は上記「号外」やそこで引用されているこちらの過去記事でも十分です。

momoo-law.hatenadiary.jp

 1.事案の概要
分かり易さを重視し、あえてものすごく大雑把に言えば「理事長による管理会社変更(リプレース)の動きを阻止するために、それに反対する他の理事達が理事会決議を以て理事長を解任したところ、理事長が、その理事会決議が無効であることの確認を求めて訴訟を提起した。」という事案です。便宜上、本記事では本件の舞台となった管理組合を「本件管理組合」といいます。

2.原審(第一審、第二審)の判断
いずれも原告である理事長の主張を認め、その解任をした理事会決議は無効であると判断しました。

そこで指摘された主な理由は以下のとおりです(こちらでも分かり易さを重視し一部用語や言回しを変えています。)。
(ア)理事長は区分所有法所定の「管理者」であるところ、同法第25条は、管理者の解任は「規約に別段の定めがない限り総会の決議による」と定めている。つまり、理事長(管理者)を解任するには規約上明確な根拠が必要である。
(イ)しかし、本件管理組合の規約には「理事長の解任」についての明確な定めがない。
(ウ)また、本件管理組合の規約において「役員の解任」は総会議決事項であるとされている。
(エ)本件管理組合の規約は、理事長等の役職について標準管理規約と同じく「理事の互選によって定める」と規定しているが、これは「選任」の規定であり「解任」に関する規定ではない。
以下、それぞれについてより詳しくみていきます。

【理由(ア)】
まず、区分所有法第25条はこのような規定です。

区分所有者は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によつて、管理者を選任し、又は解任することができる。

そして、標準管理規約第38条2項やそれに準拠した本件管理組合の規約は、管理者と理事長との関係についてこのように定めています。

理事長は、区分所有法に定める管理者とする。

これらの規定を組み合わせると、確かに「規約の定めがない限り、管理者(理事長)を解任するためには集会(総会)の決議を要する。」と読めますから、理由(ア)は正しそうです。

【理由(イ)】
本件管理組合の規約には「・・・の場合には、・・・の決議によって理事長を解任することができる」と明記した規定は見当たらないようであり、これは現行標準管理規約も同様です。
とすると、理由(イ)もそのとおりといえそうです。

【理由(ウ)
本件管理組合の規約が準拠している標準管理規約第48条は次のように定めています。

次の各号に掲げる事項については、総会の決議を経なければならない。


(中略)
十三 役員の選任及び解任並びに役員活動費の額及び支払方法

このように「役員の選任及び解任」は総会決議事項とされています。
うーむ、こちらも理由(ウ)のとおりです。

【理由(エ)】
本件管理組合の規約が準拠している有名な標準管理規約第35条の規定は次のとおりです。

1 管理組合に次の役員を置く。
 一 理事長
 二 副理事長 ○名
 三 会計担当理事 ○名
 四 理事(理事長、副理事長、会計担当理事を含む。以下同じ。) ○名
 五 監事 ○名
2 理事及び監事は、組合員のうちから、総会で選任する。
(旧標準管理規約)
3 理事長、副理事長及び会計担当理事は、理事の互選により選任する。
(現行標準管理規約)
3 理事長、副理事長及び会計担当理事は、理事のうちから、理事会で選任する。 

(以下、この第3項のような規定を便宜上「理事互選規定」といいます。)
確かに、ここには「選任」という文言はあるものの「解任」はありません。
・・・このように理由(ア)~(エ)だけをみると原審が正しいようにも思えます。

3.私見
しかし私は、
理事互選規定と理事長を管理者とする上記標準管理規約第38条2項(本件管理組合も準拠)とが相まって区分所有法第25条の「規約に別段の定め」にあたり、これらの条項が「理事会決議を以て理事長を解任することができる」ことの根拠になると考え、実際に、今まで食べたパンの数には到底及ばない程度の理事長を解任してきました(だからこそ本件最高裁判決に心の底から安堵したわけです。)。
その理屈は以下のとおりです。

(a) 理事互選規定の趣旨は「誰を理事長とし誰を副理事長とし誰を会計担当理事にするか、という『役職』の選択を、総会で選んだ理事達に委ねる。」という点にある(いわゆる間接民主制や、会社法上の取締役会と代表取締役など、このような制度設計は全く珍しくない。)。
(b) 理事互選規定は、その適用場面を「総会により選任された理事による『最初の』理事長選任」に限定していない(実質的にも限定する意味がない。)。つまり、総会により一旦選任された理事達は、その後何度でも理事長を選任し直すことができる。
(c) 新たな理事長の選任は当然に旧理事長の解任を伴う。
(d) 上記理由(ウ)の標準管理規約第48条は「(理事長や副理事長を含む)広義の理事や監事にするか否か(即ち「役員」にするか否か)は総会決議で定める」という趣旨の規定であるのに対し、理事互選規定は「広義の理事達(即ち「役員」)が、自分達の役割分担としての『役職』をどのように定めるか」を規定したものであって、適用される次元が異なる。
つまり「広義の理事から(『役員』という枠から)排除する」にはこの第48条に基づき総会決議を要するが、『役職』選定の場面に過ぎない理事長の選任解任には理事互選規定が適用される。

4.鎌田邦樹教授の意見書
とはいえ、私のような小物が小声で何を言っても最高裁が聞いてくれるわけはありません。
誤解している方がおられるのですが、そもそも私は本件に全く関わっておらず、本件の判断によって保身を図ろうとしていたただの外野であって、本件最高裁判決を勝ち取ったのは本件管理組合とその代理人弁護士の先生方です。
そして超強力な援軍として、区分所有法の大家である鎌野邦樹先生が本件管理組合による上告受理申立てに際して意見書を作成・提出されたようです。鎌野先生についてはこちらもご参照ください。

momoo-law.hatenadiary.jp

その意見書の内容は、ンション学 | 一般社団法人日本マンション学会 第58号に「ほぼそのままの形で掲載」(by鎌野先生)されていますので、是非ご参照ください。
結論は上記私見と同じです・・・が、私のような粗い議論とは比べるのが失礼なほど緻密な分析がなされています。

5.結論
上記号外でもお知らせしたとおり、平成29年12月18日、最高裁は「理事会決議を以て理事長を解任することができる。」と判断しました。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/311/087311_hanrei.pdf

同判決は、本記事で前述した各条項を指摘しつつ概ね以下のとおり理由を述べています。
(1) 理事互選規定は、理事長を理事が就く役職の1つと位置づけ、総会で選任された理事に対し、その互選により理事長職に就く者を定めることを委ねていると解される。
(2) こうした定めは理事の互選により選任された理事長について理事の過半数の一致により理事長の職を解き、別の理事を理事長に定めることも総会で選任された理事に委ねる趣旨と解すべきである。
(3) 本件管理組合の規約(=標準管理規約第48条)において役員の解任が総会決議事項とされていることは、上記解釈の妨げにならない。
・・・私見のとおりです(と偉そうにいいたいところですが、前述のとおり本件管理組合やその代理人弁護士の先生方と鎌野先生のご意見のとおり、というのが正確です。)。

6.注意点(と宣伝)
(1) 適用範囲
たまたまこのテーマについて以前ブログを書いていたことが功を奏し、冒頭自慢したとおり多くのメディアで本件についてコメントをする機会をいただき、その際に「本件判決が妥当するのは、その規約に理事互選規定を置いている管理組合だけである。」という点をしつこく繰り返しました。
もちろん、標準管理規約は理事互選規定を置いていますから、同規約を採用しているかなり多くの管理組合においては本件判決は妥当します。とはいえ標準管理規約を採用していない(または同規約をご自身の管理組合にマッチさせるべく改正してある)管理組合も少なくありません。
(2) 実務上の処理方法
また、理事長を解任しようとする局面では理事長とその他の理事との間に対立が生じています。形式的に理事会の場で解任決議を行えたとしても、その前後の手続を遺漏なく済ませ、かつ、他の組合員や管理会社等多くの関係者をも(無理矢理にでも)納得させなければ、実効的な解任とはいえません。
(3) 宣伝
このように「ただ理事会を開いて決をとればいい」というものではなく、正確に状況を把握し適切な手順を踏むことが肝要です。理事長解任をお考えの方は
是非事前にご相談ください。