東京高裁令和元年11月20日判決のことは心配せず理事になれ杏寿郎!

皆様、大変ご無沙汰しております。
前回のブログ更新から半年も経過してしまいました。
この間何をしていたかというと、もちろん鬼滅の刃を読んだり鬼滅の刃を観たり鬼滅の刃を観に行ったりもう一度鬼滅の刃を観に行ったりしていました。

とはいえ、私は育手から公私混同をするなと厳しく指導されていますので、本ブログに鬼滅の刃を一切持ち込まないことを予めお伝えしておきます。

 

さて、今回は先日上弦の理事長達をもザワつかせた、ある裁判例についてご紹介します。
東京高裁令和元年11月20日判決(原審:東京地裁平成30年11月28日)

判例時報2446号やマンション管理新聞1148号でも紹介されているところ、前者の表題は以下のとおりでした。
マンション管理組合の理事長(※)が善管注意義務に違反して、マンション大規模修繕工事を実施したと判断された事例」※訴訟は辞任後に提起されたため、本ブログでは「元理事長」といいます。

これをTwitter等でご紹介したところ、
「・・・お前何を言ってるんだ?」
「理事長が大規模修繕工事を『実施せず』ではなく『実施して』善管注意義務違反?」
「理事会や総会の決議を経ていないのか?」
「経てもなおそのような責任を負うのなら理事長などやってられないのでは?」
「存在してはいけない判決だ。」
という声が聞こえたような気がします。たぶん。

これは由々しき事態です。
本件のせいで理事長に生ずる責任を恐れるあまり、なり手がいなくなっては大変です。
通常総会のたびに拳を振り上げながら「お前も理事にならないか?欠員になってしまうぞ杏寿郎!理事になれ!理事になると言え!」と各戸訪問しなければならなくなってしまいます。

そこで、皆様の不安を払拭し、安心してマンション管理の鬼になっていただくために、本件の正体を明らかにしていきたいと思います。

まず、本件は文書配布による名誉毀損なども争点になっているのですが、まだ柱になれない私ではさすがに処理しきれないので、ここでは「元理事長による善管注意義務違反」に絞ります。

また本件は、善管注意義務違反があったと管理組合から追及されている元理事長が原告となり、管理組合を被告として「管理組合に対する損害賠償債務は存在しない」と主張する債務不存在確認訴訟である、という特徴があります。つまり、工事を実施した理事長が辞任し「元理事長」となった後で、別のメンバーによって構成された理事会(管理組合)が、元理事長に対し委任契約上の善管注意義務違反や不法行為に基づき損害賠償請求をし、これに元理事長が「そのような賠償義務はない」と主張して訴訟提起した、というわけです。このように、通常とは原告・被告が入れ替わっており分かりにくいため、これらの用語をなるべく使わずに進めます

 

上記のとおり、本件は東京地裁(原審)→東京高裁(控訴審)という経緯を辿ったところ、原審では「元理事長に善管注意義務違反等はない」と判断されたのに対し、控訴審では「同義務違反があった」と逆転しました。このような場合は、原審と控訴審とを比較するのが鉄則です。

原審における管理組合の主張は概ね以下のとおりです(以下「概ね」と書いたところは本当に派手に「概ね」なので許してください。)。

(1)大規模修繕工事の前提となる理事会・総会決議は手続上の瑕疵があり無効である。
具体的には、
 ①理事会による総会招集決議がない
 ②総会で採決の議事進行がなされていない
 ③決議要件(委任状の有効性)が満たされていない。
(2)大規模修繕工事は元理事長が自室を有利に売却することを企図して行ったものである。
(3)したがって、債務不履行善管注意義務違反)乃至不法行為責任が生ずる。

そして、原審の事実認定及び判断は概ね以下のとおりです。
(1)大規模修繕工事は管理組合の総会決議による有効な承認を得て行われた(少なくとも、有効であると考えるのはやむを得なかった。)。
 ①各種証拠によると、理事会における招集決議があった。
 ②議事進行がなされたことは議事録から窺える(これを否定する他の証拠はない)
 ③必要な数の有効な委任状は提出されている。
(2)売却を企図して行われたものであったと認めるに足りる証拠はない。
(3)したがって、債務不履行乃至不法行為責任は生じない。

その検討の多くは上記(1)①~③に割かれており、要するに原審の判断は「手続的な瑕疵はないから、元理事長による工事実施やその費用支出に注意義務を怠り違法と評価されるような行為があったとはいえない」というものといえそうです。

これに対し、逆転した控訴審判断は概ね以下のとおりです。
言い回しを私が若干調整してはいますが、ほぼ判決文の各該当箇所から引用しています。
Aが法的判断の前提となる規範、B~Jが認定された事実関係、Kがそれらを踏まえての結論です。
少々長いので全集中でお願いします。

A 役員と管理組合との関係は委任契約であり、受任者たる理事長等の役員は善管注意義務を負い、理事長がその職務遂行にあたって自己の私的利益を追求すれば同義務違反となり賠償責任を負う。
当該職務遂行が総会等の決議に基づくものであったことは、賠償責任を免れる理由にならない。これを免れるためには会社法における取締役と同じく、委任者(管理組合)から責任を免除する旨の意思表示を受ける必要がある。

B 元理事長は、自室の転売・転居を考えている中、強い役員就任意欲を示して理事長に就任した。

C 理事長に就任するや、強引に大規模修繕工事の実施に一人でのめり込んでいった。

D 理事会決定の趣旨に反して複数社からの相見積もりも取らずに工事業者に選定し、事前に住民らへの十分な説明をしなかった。

E 総会決議を成立させるために、不適切な設問のアンケート(結果の開示もしない)によって、一部の区分所有者に利益誘導したり、虚偽の説明をしたりした。

F 大規模修繕工事後まもなく、予定どおり転売を実行しようとして、複数の大手不動産仲介業者に仲介を依頼した。物件広告おいては、大規模修繕工事を実施済みであることを強調した。

G より小規模な工事で足りたのに、強引に、外観の見栄えをよくする効果がある工事内容にこだわった。

H 漏水対策の重点を、秘かに美観確保のための外壁補修に変えていき、防水工事は大幅に削減された。これらの根拠となる情報を住民にも管理会社にも伝えていない。

I 大規模修繕工事費用の3分の2を借入でまかなった。借入金の返済負担は将来の区分所有者の負担となり、また、返済資金を修繕積立金会計で負担するとすれば、将来の区分所有者が修繕積立金会計の資金不足に苦しむことになる。他方、大規模修繕済みの見栄えの良い物件として転売すれば、築年数相応の転売価格の値崩れを防ぐことが出来るとともに、将来の組合の借金の返済負担や修繕積立金会計の資金不足に苦しまなくてすむ。

J  元理事長の職務遂行の方法は、透明性がなく、強引かつ不誠実である。明白に理事会決定に180度違反する内容の職務執行を行ったり、理事会開催の事実がないのに架空の平成26年5月12日の理事会議事録を作成するなど、法令や各種のルールを遵守する意識に乏しい。理事長時代に本件住民らにアンケートを実施しながら、アンケートの回答文書の開示を全面的に拒否しており、多くの賛成を得たなどという供述にも信用性がない。住民らに回覧した文書は、客観的な意味が把握しにくく、多義的であって、情報や意見が相手方に正確に伝わらない。にせものの証拠書類を平然と提出するし、利益誘導や虚偽の情報伝達を行う。以上を総合すると、元理事長の陳述書や本人尋問における供述の信用性は、著しく低いものと評価せざるを得ない。

K 以上を総合すると、元理事長の職務遂行は、総組合員の利益を目的とすることを装いつつ、その実は自身の私的利益(自室の高値転売)を図ったものと推認することができるから、委任契約上の善管注意義務違反があるというべきである。

 

この控訴審判決に対する評価は最後に少々触れるとして、上記のとおり控訴審は「理事会・総会決議の手続的瑕疵の有無」をあまり重視していないようです(なお、上記Jで「5月12日理事会議事録が架空」と述べていますが、その根拠となる証拠としては「ある役員の家族の陳述書」のみが挙げられています。)。

これは上記Aの帰結であり、本件はこの点に集約されるといえます。
つまり、
ア 手続的瑕疵がなければ、理事長は善管注意義務違反とならない
ではなく、
イ 手続的瑕疵がなかったとしても、その実態によっては善管注意義務違反が生じ得る。
ということです。
その判断要素について控訴審は「工事の内容、必要性、承認する理事会・総会決議に至る過程、理事長の利害状況等」(上記判例時報解説部分)を挙げています。つまり、手続的瑕疵の存否はこの判断要素の重要な一つではあるものの、決定打ではない、ということになります。

なお、上記のとおり工事の内容や必要性も検討対象ではありますが、ここではあくまで「私的目的という善管注意義務違反の有無に係る判断材料」です。そのため、仮に「管理組合にとって有益といえる工事」であったとしても、「他の採り得る合理的な工法に比して元理事長に有利」という事情があれば、それは私的目的の存在を基礎付けるといえます。「管理組合にとって有益な工事だから私的目的なし」という論理関係にはなりません。

 

日頃、各決議に基づき職務を遂行している現役の理事の皆様におかれては少々違和感があるかも知れません。
ただ、決議はあくまで「多数決」の結果であって、全組合員の総意ではありませんから、上記イは当然のことであるといえます(全組合員の総意であれば上記Aのとおり免責されるでしょうし、その前提として正確な情報が共有されていなければなりません。)。
区分所有法第3条等が定めるように、管理組合の権限には限界があることはご承知のとおりであって、その一場面である「多数決による決議」の効果にも限界がある、と言い換えると分かり易いでしょうか(そのような限界があることは、例えば同法第31条1項後段が「承諾」を求めていることにも表れています。)。

とはいっても「決議の存在」はやはり重要であり、その効果を覆される場面はかなり限定的・例外的であって、その重要なポイントの一つは「情報共有の有無」であると考えます。
上記CDHJは、いずれも「情報が共有されていないこと」を指摘したものです。
要するに「決議の前提となる個々の組合員の判断の基礎であるはずの情報が不足・歪曲されている以上、有効な決議を以てしても理事の行為を正当化することはできない」というわけです(更に極端なケースであれば「決議自体が無効」という場合もあり得るでしょう。)。

逆に言えば、決議の前提となる情報がきちんと共有されていれば、例えば工事内容が「理事長が多少得するもの」であったとしても「それでも構わない、という組合員の判断」といえるはずですから、理事長の個人的責任が生ずる可能性は大幅に縮減できるのではないでしょうか(もちろん上記のとおり限界はありますが)。

以上を踏まえて雑駁に私見をまとめると、
(あ)工事内容が「客観的には理事長にとって多少有利ではあるが、全体として管理組合にとって無意味とまでは言えない」というものであり、その情報がきちんと開示された上で決議を経ていれば、理事長の個人責任は発生しない(という程度のユルさで足りる)。
(い)本件は「経営判断のミス」という程度の理由で責任を認めたものではないので、理事の皆さんが「この判決を契機に各決議を経ても理事が責任を負うようになるのは困る」と心配する必要はない。
という感じです。

 

いかがでしょう。
このように考えれば「お前も理事にならないか?」などと殴られながらしつこく誘われずとも、理事をやってみようという気になるのではないでしょうか。

 

さて、最後は私の率直な感想に過ぎないので全集中は解いて構いません。
控訴審判決を示したB~Kを読んで「随分ボロクソに言ってるなぁ」と思いませんでしたか?
これらの事実認定・評価がどの程度緻密な証拠によってなされたものかが逐一証拠が挙げられていない判例時報の記事からではよく分からず、そのせいか私は「一方的」という印象を少なからず受けました。

東京高裁は無限城ではないのでそんなことはあり得ないと信じていますが、万一「黙れ 何も違わない 私は何も間違えない 全ての決定権は私に有り(以下略」みたいな話であれば平伏…するわけにはいきません。
本件も上告受理申立てがなされているようですから、続報に触れることができましたらご紹介します。