吉本芸人の皆様へ -契約書(のようなもの)の作り方-

今回も懲りずに世間の話題に便乗してブログを書こうと思います。

ご存知のとおり「契約書」は2人以上で作成する合意文書です。
そして「合意」である以上無理矢理署名をさせることはできませんので、その相手がアカンといえば作成することができません。
聞くところによると、吉本興業所属の多くの芸人さんも同社と契約書を取り交わしていないようです。なお、実は弁護士業界においても勤務弁護士(いわゆるイソ弁)の皆がボス弁との契約書をバッチリ作成しているわけではないのですが(控えめな表現)、この話は色々とややこしくなりそうなのでお笑い芸人さんとその所属会社を例に話を続けます。

契約書がなければ、せっかく芸人さんが営業で頑張っても、ギャラの額やその支払時期がいつであるかがはっきりせず、不安な状態に置かれてしまいます。

ただ、ここで重要なことは「契約書が無い=何も決まっていない=会社が自由に決めても構わない=払わなくても構わない」というわけではない、ということです。
詳細は割愛しますが、殆どの契約は契約書を作らなくても成立します。そして契約が成立すれば法的拘束力を備えますから、会社には決まったギャラを決まった時期に支払う義務が発生するのです(他方芸人さんには「劇場でネタを披露する義務」や「街を歩きながら面白いことを言う義務」や「24時間笑わずに過ごす義務」が発生したりしなかったりします。)。

とはいえ、契約書が無く会社との口約束だけでは、後日「ギャラはいつまでにいくら払われる約束だったじゃないか」というトラブルになったときに「言った言わない」という水掛け論になってしまい、立場が弱い方(多くの場合はお金を受け取る芸人さん)が不利になってしまいます。
契約書は、こうした状況に陥らないよう「証拠」として作っておくものなのです。場を和ませるために作るわけではありませんし、ファミリーであってもこの必要性は変わりません。弱い立場にあればあるほど、ご自身の権利を確保するために契約書を作っておくべきです。

そうはいっても冒頭で述べたように、相手が応じてくれなければ契約書を作ることはできません。実際、弁護士をしていると、契約当事者間の力関係から「取引先が契約書を作ってくれない」とか「契約書の記載が実態と異なるのに修正してもらえない」というご相談をしばしば受けます。そして、こうした状況下でも収入を得るために、芸人さんであれば少しでも活躍の場を広げて人気を得て以後の仕事につなげるために、やむを得ず契約書を作らないまま仕事をせざるを得ないこともあるでしょう。

しかし、諦めることはありません。
確かに契約書の作成には相手の協力が必要ですが、契約書はあくまで「契約が成立した」ことを裏付ける「証拠」に過ぎません。
ということは「契約書のような証拠の役割を果たすものが他にあれば、契約書が無くても契約の存在を証明できる」はずです。
ちょっと何言ってんだか分かんないかも知れませんが、要するに「契約書以外の形で『ギャラをいつまでにいくら払う』と約束したことを記録に残せば良い」のです。

方法も簡単です。ヤホーで調べるまでもありません。少なくともスマホがある現在は、それがなかった頃に比べて格段に容易になったはずです。

「メール、LINE、メッセンジャーtwitterのダイレクトメッセージ…といった文字での交信記録を残しておく」だけです。
例えばこんな感じです(素人の想像ですから実態とは違うかも知れませんが。)。
「先ほどはお電話(or打合せ)を有難うございました。〇月〇日の××劇場での営業については、ギャラ△△円を×月×日までにお支払いいただけるとのこと、承知しました。何か誤解があればお知らせください。」
これに対し会社側から「そのとおり間違いありません」と返信があれば明確ですし、もっと簡単に「よろしく」だけでも「異議を唱えなかった」ことが裏付けられます。
もし、会社からの反応が電話だけであった場合には、再度「わざわざお電話をいただき有難うございました。先ほどお送りしたとおりで間違いないとのこと、承知しました。」と送信しておくわけです。

また「返信がない」「そもそも既読にならない」という場合にも「先日お送りしたとおりと理解しています。」などと念押しして送信しておき、これに加えて電話で確認をとり、それをスマホ等で録音しておけば良いのです(正当目的で合理的な方法であれば、こうした通話や会話の秘密録音が違法と評価されることはありません。「テープ回してないやろな!」と聞かれても気にしないでください。スマホならテープは回りません。もちろん、その録音を公開したりすれば事情は変わりますから、取扱いには十分ご留意ください。)。

契約書と全く同等というわけにはいきませんが、こうした「記録」が残っているのと残っていないのとでは、その後の交渉や訴訟における立場が全く異なります。「契約書のようなもの」として、貴重な証拠になるわけです。

いかがでしょうか。
もし既に深刻に悩んでおられる方がいらっしゃるなら弁護士にご相談ください(ただ、芸能問題のトラブルは、私は専門外です。)。
そこまでではないけれど取引先や所属会社との契約書が無く不満や不安があるという方は、とりあえず上記のような簡単な方法を始めておくと後で役に立つかも知れません。

オチが全く思いつかないのでここで終わりますが、最後に一言付け加えるならば、私はいつの日かキャイーンの天野君をリーダーとする「マンション大好き芸人」を見たいと思っています。

マンション管理の評価とは

ご無沙汰しています。
ブログを書かなきゃ書かなきゃと思いながらも本業が忙しく(ご存知の方もいると思いますが、私はマンション管理以外の仕事もしています。スプラトゥーンとか。)、前回記事から4か月も経ってしまいました。そろそろ寡作かつ遅筆ブロガーの仕事も再開しなければなりません。

そんな中、株式会社さくら事務所さん主催のセミナーにお邪魔して参りました。

「 管理の評価が経済的価値(価格・ローン審査・行政による補助等々)に反映されるマンション市場」を目指す長嶋さんと、登壇されたトップランナー理事長(イニシア千住曙町の應田さん、白金タワーの星野さん)の熱い思いがほとばしるセミナーでした。

「管理の評価が価値に反映されるからプレーヤー(売主・買主・不動産業者(仲介))が管理に関心をもつ」のか「プレーヤーが管理に関心をもつから価値に反映されるのか」は鶏と卵の話のようですが(多分同じこと言ってる)、いずれにせよ私も長嶋さんが掲げる目標に共感しますし、そのために努力し続けなければならないと思いながら今日も怪文書を読んでいます。

実際、長期間に亘り管理組合が機能不全に陥り、違法民泊が横行し、敷地の権利関係も曖昧で、滞納管理費等が1000万円を超え、それらの対策のため私が一時期お手伝いしていたマンションでも、立地の利便性が高いからか相場水準での取引が頻繁に繰り返されていました。
管理改善に尽力されていた理事の皆さんは「意外によく売れますね…私も売ってしまいたい」とこぼしておられ、「要するに多くの買主・仲介は購入に際して管理状況など気にしていない」のだと私も呆れていました。

しかし、実はこれも一面的な見方であろうと、セミナーで改めて気づかされました。
質疑応答の最後に、登壇者のお二人と並ぶほどのマンション管理の超重鎮であるミッキーさんから、次のようなご指摘があったのです。
※マンション管理に関心がある方、twitter(@micky_enu)やnoteのフォロー推奨です!

「(さくら事務所が新たに展開するマンション管理の評価サービスである)BORDER5は評価基準を設けているが、ファミリー、単身、DINKS、投資用等々、マンションにも色々あり、それらの評価基準は異なるべきではないか」

大変鋭いご意見であり、さくら事務所さんも賛同され、(現在はファミリー向けを想定しているとのご説明に加えて)今後は評価基準が妥当するタイプを明記したりタイプ別の基準を設けることも検討される、とのことでした。

確かに、上記お三方はトップランナー理事長という点で共通するものの、この方々だけを比べても、実は目指す管理組合の姿は全く異なります。
また、例えば一言で「ファミリー向け」といっても、一般的には「組合員による自主的・積極的な管理がなされ管理会社に過剰に依存していないこと」が高評価材料とされていますが、高品質な管理を安定的長期的に維持し、そのブランドを保つために、あえて管理権限を管理会社に集中させている超富裕層向け物件もあります。
そして、私が関与した上記マンションも、ほぼ投資用物件であることから(もちろん管理不全ではいけませんが)「いわゆる『充実した管理組合』」は必ずしも期待されていない(極論すれば、手間がかかったり、高額なランニングコストが生ずることは、個々の所有者にとっての資産価値を毀損しかねない)ため、取引に支障が生じていなかったのだと思われます。

このように、管理組合の評価は決して簡単ではなく、一面的・固定的な評価は却って市場の混乱を招いてしまうことでしょう。
しかし、それでもなお長嶋さんが掲げる目標はマンション管理業界全体として取り組むべきものですから、先駆者として困難な道を切り開いていただきたいと思います。

そしてこうした目標は、各マンションの所有者が管理に関心を持ち、それぞれの事情や特性に応じた管理体制実現のためにゆっくりでも歩き続けなければ決して実現しません。
けれど、歩き続けた努力が評価・価値への反映によって報われる時が必ず来るはずです。怪文書の応酬をしている場合ではないのです…。

 

高圧一括受電に係る最高裁平成31年3月5日判決_速報

皆様、ちゃんと予習はしましたか?

この件について、最高裁判決が出ました。
概ね、私の予習(予想)どおりであり一安心です(原審の判断が覆りそうであることは「最高裁が弁論を開いた」ことで大体予想できますが、理由づけも大きく外していなかったと思います。)。

要するに第1審・2審の判断を覆し、高圧一括受電方式導入決議の効力を否定し、原告の請求を棄却したわけです。
その理由として最高裁は次のように述べています(桃尾が一部(特に団地に係る事項について)要約・簡略化しています。原文は上記サイトからご確認ください。*1)。

(1) 本件決議のうち、建物所有者等に個別契約の解約申入れを義務付ける部分は、専有部分の使用に関する事項を決するものであって、共用部分の変更またはその管理に関する事項を決するものではない。
(2) したがって、本件決議の上記部分は、区分所有法17条1項又は18条1項の決議として効力を有するものとはいえない。
(3) 本件細則が、個別契約の解約申入れを義務付ける部分を含むとしても、その部分は同法30条1項の「建物所有者相互間の事項」を定めたものではない。
(4) 建物所有者等がその専有部分において使用する電力の供給契約を解約するか否かは、他の建物所有者等による専有部分の使用又は共用部分等の管理に影響を及ぼすものではない。
(5) 本件高圧受電方式への変更は専有部分の電気料金を削減しようとするものにすぎず、この変更がなされないことにより、専有部分の使用に支障が生じ、又は共用部分等の適正な管理が妨げられるという事情はうかがわれない。

つまり、本件決議は、区分所有法17条1項*2もしくは18条1項*3又は30条1項*4が定める「決議や規約で決められる事項」にあたらない(定めても効力が無い)、ということです(脚注に記しておくので、これらの条文はきちんと読んでみてください。)。

これらの条文は、私が予習記事で述べた「管理組合の権限の範囲」を「決議・規約で定められること(その限界)」という側面から具体化したものですから、冒頭触れたとおり概ね予想どおり、といって宜しいかと思います(よね?予想よりも「的を絞った」判決ではありましたが。)。

そして、この最高裁判決は「どのようなものが上記各条項所定事項に該当する」というルールや抽象的な判断基準を定立してくれているわけではなく、あくまで「本件決議」という具体的状況下における判断であるため、必ずしも所謂「判決の射程」が広いものとはいえません。

しかし、高圧一括受電に限らず、「個々の専有部分に関する(共用部分の管理に影響しない)こと」であり「他の建物所有者等による使用とも関係が無いこと」であれば、本件と同様の帰結となり得るといえますから、管理組合が今後「専有部分の使用」に係る事項を規約・決議で定めようとする際には、やはり注意が必要です。

なお、「高圧一括受電方式導入には全員承諾が必要」ということは、実は区分所有法の問題ではなく、本件判決から直接導かれるわけではありません(本件では前提として争われていませんのでここでは触れません。)。
ざっくりいえば、
①決議により、反対者がいても高圧一括受電を導入できる。
②決議により導入に協力する義務は生ずるが(従わなければ損害賠償責任が生ずる)、導入できるわけではない。
③決議によっても、導入に協力する義務も生じないし、当然導入もできない(従わなくても損賠責任は生じない)。
という「あり得る結論の各段階」のうち、②or③で争われたのが本件であって、「本件判決によって、反対者がいる場合に導入できなくなった」(①が否定された)わけではありません(元々、反対者がいれば導入できません。)。
とはいえ、上記②のように仮に原告の請求が認められていれば、被告は全住民から本件と同様の請求を受けかねない立場にありますから(本件の請求額は原告一人分約9,000円であり、全戸約540戸が請求すれば×540=約490万円に及びます。)、こうしたリスクを負ってまで決議に反して抵抗する者は減る乃至いなくなるはずですので、事実上は「本件判決によって導入が難しくなった」といえるでしょう。

本件について一点不思議なことがあります。
無事入手できた原審判決をみても、最高裁が指摘した本件の根本的問題である決議の有効性に関する区分所有法の上記各条文の該当性が、然程詳細には論じられていないように見受けられることです(それに比して「その先の議論」が厚く触れられているという印象です。)。こうした状況下で諦めず上告を試みた被告及びその代理人の先生は、この結果に満足されていると思います。他方、原告側からすると、最高裁のこの判断は少々唐突に感じられたかも知れない、と勝手に想像しています。

とりあえず、今回はこのあたりまで。
タイトルを「速報」としておきましたが、今後「詳報」を書くかどうかは追って考えます…。

*1:なお、以下では、判決に合わせて同決議を「本件決議」といい、本件決議に伴って作られた細則を「本件細則」といい、区分所有者や占有者を「建物所有者等」といい、建物所有者等が個別に従来の電力会社と締結している電力供給契約を「個別契約」といいます。

*2:共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。)は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決する。

*3:共用部分の管理に関する事項は、前条の場合を除いて、集会の決議で決する。

*4:建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項は、この法律に定めるもののほか、規約で定めることができる。